自然界の事物現象を説明するために

それらを支配する基本原理として考えられたのは、陰陽二気と木火土金水の五行(ごぎょう)に基づく陰陽五行説であった。

日本文化のなかにもこの説の痕跡(こんせき)を多くみいだすことができる。

陰陽二つの対立物や、それらが太極(たいきょく)から分かれたとして、二元論を一元論に還元することは、ギリシアの説とも類似するが、ギリシアに始まる西洋の対立概念が互いに相いれない厳しい対立であるのに対し、陰陽の場合は相補的・相対的である点が異なっている。

ギリシアの四元素説は五行説と比較されるが、四元素が基本物質としての色合いが強いのに対し、五行の場合は性質や機能の面が重視された。

そして中国では、ギリシアの原子論のような考えは生まれなかった。

中国では、人間も自然界の存在の一つとみなされたから、陰陽五行説は王朝の交代などの社会現象や人体の生理現象にも適用された。

それに対し、西洋では、人間と自然との関係もまた、相対するものとしてとらえられ、西洋の科学技術の発達の歴史は、自然の征服の歴史でもあったが、自然破壊や環境汚染が進む今日、中国における人と自然との関係のとらえかたをもう一度見直す必要がある。

陰陽五行を説く陰陽家は、戦国時代に生まれた諸子百家の一つであるが、人間を自然界の存在の一部とみなす考えは、やはり諸子百家の一つの道家(どうか)において顕著である。

会計事務所 インテリア ミラー


コメントをどうぞ

コメントを投稿するにはログインしてください。